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当山は文明12年(1480)に、京都四条 龍華本山
妙覚寺13世真如院日住が、 真言宗の廃寺を得て創立したことに始まり、開山の隠栖入滅の寺で初代もある。 親師法縁に属する。
七堂伽藍を整え徳川初期に不受布施の法厄にあったが、紀州藩主頼宣の命により、 湊北町から現在地に移り、和歌山城を背にするよう建立された。
紫金寺院中本山となり、本山妙覚寺が北龍華と称するに対し、当山は南海龍華と称し、 塔中寺院三ヶ寺を有するようになった。
徳川末期には、紀州藩10代治宝が湊御殿より鬼門にあたる当寺に、 方除け開運の祈願をこめて鬼門天堂を建立したため、「鬼門さん」と知られるようになった。
昭和20年(1945)戦災で堂宇を焼失したが29年に本堂、45年に庫裡の復興が行われた。
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